江戸時代も増税・物価高・円安だった?現代そっくりの時代を生き抜いた天才たちの知恵 -前編-
増税・物価高・円安、江戸時代も今も、お金が「逃げていく」理由は同じだった
給料が上がっても、豊かになった気がしない
「実質賃金がプラスに転じた」というニュースを耳にしたことはありますか?
- 数字の上では改善しているはずなのに、なんか生活が豊かになった実感がない。
- 食費・光熱費・保険料・・・気づいたらじわじわ上がっている。
- 給料は少し増えたのに、手元に残るお金はむしろ減っている気がする。
そんなモヤモヤを感じている方は、少なくないと思います。
実はこの感覚、江戸時代の人たちも全く同じように味わっていました。
「そんな昔の話、今と関係あるの?」と思ったかもしれません。
でも読み進めてみると、きっと「これ、今じゃん」と感じるはずです。
なぜお金は「逃げていく」のか。江戸と現代、驚くほど似た構造
お金が手元に残らない理由は、実はシンプルです。
入ってくるお金より、出ていくお金の方が多いから。
そして厄介なのは、この「出ていく仕組み」が個人の努力だけではなかなか変えられない、という点です。
江戸時代も今も、その仕組みは驚くほど似ています。
税負担
江戸時代、農民の最大の悩みは年貢でした。
収穫した米のうち、かなりの割合を幕府や藩に納めなければならない。しかも財政が苦しくなるほど、年貢の率は上がっていく。
現代はどうでしょう。
所得税・住民税・社会保険料。気づけば給料の手取りは額面よりずいぶん少ない。そして社会保障費の増大とともに、負担は年々じわじわと増えています。
物価上昇
江戸時代も、物価は安定していませんでした。
天候不順や相次ぐ自然災害によって米の価格が乱高下し、庶民の生活を直撃しました。特に18世紀後半は飢饉なども重なり、庶民の生活は苦しかったといわれています。
現代の日本も、2022年以降、食品・光熱費・日用品の値上がりが続いています。
「去年と同じ生活をしているだけなのに、なぜか出費が増えている」という感覚、まさに江戸の庶民と同じです。
お金の価値の目減り
江戸幕府は財政が苦しくなると、貨幣の金・銀の含有量を減らして増刷する「改鋳」を繰り返しました。
お金の量は増えるけど、その価値は下がる、これはまさにインフレと同じ仕組みです。
現代で言えば、円安・インフレによる購買力の低下がこれに相当します。
同じ1万円でも、10年前と今では買えるものが違う。お金の「価値」は静かに、でも確実に目減りしています。
収入の限界
江戸の農民は、どれだけ一生懸命働いても、年貢を払った残りしか手元に残りません。
豊作の年でも、幕府の取り分が増えれば結局手元は変わらない。
現代の会社員も、税・保険料を引かれた手取りの範囲でしか生活できません。
給料が上がっても、社会保険料や税負担も増えれば、実感としての「増加分」は思ったより小さい。

ちなみに現代の日本は農家が少数派ですが、江戸時代は人口の8割以上が農民でした。
つまり「働く人のほぼ全員が、年貢という名の税負担に苦しんでいた」時代だったのです。今で言えば、給与所得者のほぼ全員が税・社会保険料の重さを感じている状況と重なります。
「逃げる構造」に気づいた天才、田沼意次という男
江戸時代、この「お金が逃げていく構造」に正面から向き合い、変えようとした人物がいました。
老中・田沼意次(たぬまおきつぐ)です。
歴史の教科書では「賄賂政治の象徴」「悪役」として描かれることが多い人物です。でも近年、経済の視点から見直すと、実は時代を先取りした改革者だったという評価が高まっています。
田沼が直面していた問題は、現代の日本とそっくりでした。
- 幕府の財政は慢性的な赤字
- 天候不順・飢饉による物価上昇で庶民の生活は苦しい
- 年貢(農業)一本頼みの税収構造では、もう限界
そこで田沼が目をつけたのが、「商業」という新しい稼ぎ口でした。
当時の日本は、人口の8割以上が農民でした。商人や職人などの町人層は全体の5〜10%程度。
現代で言えば、投資や副業をしている人がまだ少数派なのと似た状況です。
田沼が目をつけたのは、まさにその「少数派」でした。
農業からの年貢だけに頼るのではなく、活発になってきた商業活動に課税する仕組みを作ろうとしたのです。
株仲間(商人の同業者組合)を公認し、その見返りとして税を納めさせる。これは当時としては画期的な発想でした。
農本主義(農業こそが経済の基盤)が常識だった時代に、「これからは商業の時代だ」と言い切った田沼の発想は、現代で言えばこうなります。
「給料(雇用)一本頼みから、投資・副業で収入を多様化する」
「一つの収入源に頼り続けるリスク」に気づき、構造を変えようとした。その発想の本質は、江戸も現代も変わりません。
残念ながら田沼は、天明の飢饉や政敵の台頭によって失脚し、改革は志半ばで終わります。しかしその先見性は、200年以上の時を経て「タヌマノミクス」とも呼ばれ、再評価されています。

国が変わらなくても、個人は動ける
田沼意次の話を聞いて、こう思った方もいるかもしれません。
「でもそれは国の話でしょ?私には関係ない」
でも、ちょっと待ってください。
田沼が気づいたこと
「一つの収入源に頼り続けるのは危険」
「稼ぐ仕組みを多様化する必要がある」
これは国だけの話ではありません。
むしろ今の時代、個人レベルでこそ必要な発想です。
国の税収構造が変わるのを待つより、自分の収入構造を変える方が、ずっと早くて確実です。
そして江戸時代も、少数派だった商人たちが経済を動かしていったように、今の時代も「少数派の行動」が自分の資産を変えていきます。
江戸の庶民たちも、国の政策を待つだけでなく、自分たちで知恵を絞り、様々な方法で生き抜いていきました。
次回の後編は、
江戸の庶民たちは具体的にどんな知恵を持っていたのか?
横のつながり・副業・賢い倹約という3つのキーワードをもとに、
江戸の庶民の生き残り術と現代への応用を見ていきます。
「国が変えてくれるのを待つより、自分で動く」
その知恵は、意外と身近なところにあります。



